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音感崩壊M男

2008.01.06 *Sun
今日は今年初レッスンだった。年末年始はもちろん全然練習せず。直前だけチューナーで練習するも、あまりの音感の衰えに完全にへこみ、冗談抜きに破門覚悟で沈痛な気持ちで先生宅へ。

なにしろ、自分が正しいと思う音と、チューナーの判断が下手をすると半音くらい違うのだ。特に高音がひどい。それに、昔だったらスケールであがって行って、下がってきてもだいたい同じ音に帰って来られたのだが、今ではそれができない。半音が二音連続するともうおしまいだ。今ほど絶対音感がほしかったと思ったことはない。

まあ考えてみればさもありなん、という理由はある。私は今までロマン派以前オンリーな人間だったのだ。それが今弾いている曲はイザイの無伴奏だが、根底に全音音階があるような曲で、さらに随所に半音階が(しかも重音で)ちりばめられている。今までは半音が二つ続くなんて事はめったになかった。旋律楽器がロマン派音楽を弾くときには、半音は狭めに、全音は広めにとるものだから、その間隔で半音階であがっていくと上がりきらず、全音音階で上がっていくと、あがりすぎることになる。逆も然り。とはいえ、一番「糸が合わない」理由は単純に練習不足である。

先生は元ジュリアードの教授で、現桐朋の教授で、読響のソロコンマスに就任して久しいというとてつもない方である。練習してないことなんて聴けば一発でわかるし、また白石氏の教えも守って、あえて一言も言い訳をせずレッスンに挑む。ああ、また今日もあの大先生が怒りを押し殺した笑顔で前と同じ指摘をされるというレッスンを受けることになるのか。緊張のあまり全身汗だくになる。室温が10度くらいまじで上がった気がした。

ところが一通り弾いたところ、逆になぜか先生はご機嫌。がんばってるねと。なんだか拍子抜けだ。糸があってないのは確かなのだが、暗譜して行ったのがよかったのか。それともレッスンが午後だったから朝家でちょっと慣らし運転できたからか。または、緊張と恐怖でガタガタになっている生徒(しかもいい大人)を哀れに思ったのか。なにしろいつも本当に先生はちょっと暗い表情で、苦笑しながらのレッスンで、たった1時間しかないのにさらに短く切り上げられていたくらいなのだ。とにかくホッとしつつも、なんかちょっと拍子抜けな気分である。「大和田君、この曲もうどれだけ長い間やってるのかね。全然前回と変わってないじゃないか。それでは教える方も教え甲斐がない。私を誰だと思っているんだね。もし次回も同じような演奏だったら、もう君はここに来なくてよい」と言われても仕方ないと本気で思っていたら、「お疲れさん。なかなかいいよ。まあ、そんな汗だくになって、しゃかりきにならず、もっとリラックスして弾いた方がいいよ」と笑顔笑顔。先生、ボク適度に怒られたほうが育つ子なんですけど!(そういえば最近怒ってくれる人がいなくなった)

ただ、褒められていい気になっているわけではないけど、最近自分では少し嬉しいことがある。実は私は世にも珍しい、マムシ指バイオリン弾きだった。バイオリンは通常親指の先とひとさし指の付け根でネックを支えるのだが、私はどうしてもそれができず、親指の根元を完全にネックにべたっとつけた形でしか持つことができず、これは幼い頃先生にネックに画びょうを貼りつけられてまで矯正させられたのに直らなかったという、根の深い大きな欠点だった。この持ち方により、バッハの無伴奏のようなコードが続く曲を弾けば手が疲れて途中で弾けなくなり、早いパッセージを弾けばポジションチェンジに大きな手間がかかり(つまり不安定になり)、ビブラートは妙に早くなるし、とにかく深刻な問題だった。このままでは年取って体が硬くなってきたら、きっと何も弾けなくなるに違いないと思っていた。

これを今の先生に直せと言われ、これまた白石氏のアドバイスのお陰だが、根本的な治療を去年後半から試みていたのである。白石氏のアドバイスというのは、技術的に深刻な問題点を直すことは、その根が深ければ深いほど、今まで練習してきたことが無駄になり、もし修正に失敗したら将来下手な演奏しかできなくなるのではという恐怖にかられるので、専門家であればあるほど修正に及び腰になるということだ。逆にアマチュアの場合は失うものがないので、結構素直に手術に挑むので、技術的に飛躍できることがある、ということらしい。このお話は効きました。この話を聞いたときに、私が大好きだったスケート選手の堀井学を思い出した。彼は(性格が優しすぎるという以外の)欠点はなかったけれども、スケート界を席巻し始めていたスラップスケートに自分が適応できるか及び腰になったために、肉体的には最強だった時代の長野五輪を落としてしまった。私は比較にならないが、12月に人前で弾く機会はあったけれども、メインは私のソロではなかったので、とりあえずそこは大恥をかく覚悟を決めて、実際大恥をかいてしまったけど、なんとか手の方は新しい形に慣れてきた気がする。

先生もそれは気づいてくださったらしい。それで今日は音程の悪さを大目に見てくれたのかも。先生にも白石氏にもこれはもう大感謝なのです。

今度こそ、毎日練習するという目標をたてた。過去に同じ目標を立てたことが10回は下らないが、まあ、何回でも目標をたてて、何回でも挫折しよう。それが人生だ。うんうん。とりあえず今の先生には破門になりたくない。そしていつかチャイコフスキーのコンチェルトが弾きたいもんだ。これまた何度となく挫折している曲なのだが…

で、帰ってきてチューナーで音程を確認したら、やっぱり何も変わらず、高音は異常に高いし、半音階は何度やってもぴったりにならない。なんか安心した。Mだからね。




ところでうちでは主にサイレントバイオリンで練習していたのも音が合わない原因であった。どうもサイレントで弾くときと、生楽器で弾くときとで、指の位置を同じにしても重音が合わなかったりしていた。これはもうサイレントという楽器がそういう欠点があるのかもしれないし、生楽器は音が非常に大きいのも音感を狂わせる原因かと思っていた。ところが、数日前に生楽器の弦を全部とっかえて、今まで使っていた弦をサイレントに張ったところ、だいたいおんなじセッティングになった!
どうやら単に弦がへたっていただけらしい。あれだけサイレントにお世話になっているのに(家で弾くだけでなく、旅先にはサイレントしかもって行かない)、弦がそんなにひどい状態だったとは。これからはサイレントにも新品の弦を張らにゃあいけないと思った次第。長文失礼しました。(いつもどおり)読者度外視で書かせていただきました。
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それなら次回はチャイコフスキー
待ってます。

悪い癖の矯正は、本当に必要を感じないと直せないし、端から見てとても悪い指使いや手の形や姿勢で弾いていたって、上手なら文句は言えないだろう。

でもこれがくせ者なのだが、野球のバッティングと似ていて、構えている時はとてつもなく個性的な変なスタイルでもボールを叩く瞬間ってアヴェレージを残している人たちは絶対にもっとも楽な、つまり最小限の力で最大限の力を出す方法でやっていると信じています。

若い間、あるいはもともと体の大きい(手の)人は変な癖があっても力でそれを乗り切れるけど、やっぱり体をこわさないで、かつ「手」で音楽をしないで頭で(あえて、優等生っぽく心で、なんて言いたくない、心だけでは絶対に弾いたり曲を生み出したりはできない)弾く人は最良の方法を自己分析して会得するか、アドヴァイスを完全に咀嚼して時間はかかっても自分が必要だと思うことを成し遂げることができると思うのです。

音楽が何を望んでいるかということが手の動きになるわけで、手の動きが先にあるわけじゃあない。

でも、どんなスポーツをみていても、すばらしいアスリートの動きは美しい。
(それは客にアピールするためのポーズという意味では決してない)
だから、見ていて醜い形や動きの演奏は往々にして僕は好きに慣れないなあ。

ますます忙しいのだろうけど、月にいっぺんはセッションしたいと思っています。
よろしう。
2008/01/06(日) 03:39:33 | URL | 白石准 #.m9iLgNo [Edit
チャイコフスキーは…嬉しいのですが一朝一夕にはありえないです。残念ながら。特に今は練習方法を以前と一変させており、音程が安定するまではインテンポでやらないこととしておりますので、以前よりさらに長い時間がかかってしまいます。今の曲は7分程度の曲ですが、すでに4~5ヶ月ほどかかっており、さらにどれだけかかるのやらです。今日ちょっとエンジン吹かしてインテンポに近い速度でやってみたのですが、気持ちよすぎて音程に気が配れなくなりました。またスピードを落とします。

なので、セッションのお誘い、以前からお誘いいただいていたこともあるし冗談抜きに大変嬉しいのですが、ちょっと物理的に無理です。月に8小節くらいならなんとか?(苦笑
やっていただけるとしたら、近現代を勉強したいですけど。

>構えている時はとてつもなく個性的な変なスタイルでもボールを叩く瞬間ってアヴェレージを残している人たちは絶対にもっとも楽な、つまり最小限の力で最大限の力を出す方法でやっていると信じています。

そうなんでしょうね。
個性的というと、やっぱりあの岡島の投げ方はすごいと思います。投げるときにキャッチャーを見ていない。あれでいいのかなあ。でもあれで大活躍しているんだから、いいんでしょうねえ。

フィギュアスケート選手のテクニックにはいつも息を呑みますね。あんな危険なジャンプなんてしなくていいんではと思うこともありますが。そうそう、それについて白石さんに聞いてみたかったのです。私はあのジャンプがあることによって、芸術的には流れが完全に遮断するように感じることが多い(はっと息がつまりそうになる)のですが、あれはスコア抜きにしたら、純粋に芸術としてみたらやっぱりいらないことが多いと思うのですがいかがでしょうか?
2008/01/08(火) 00:49:54 | URL | owd #- [Edit

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大和田 茂

Author:大和田 茂


元IT系の研究家。現在はゲーム/玩具作家をめざしている。


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